第36回全国高校生読書体験記コンクール
【文部科学大臣賞】
 

 ゼノフォビアと難民問題
沖縄県立那覇国際高等学校 3年  武田 萌 

 私がこの本を読んだのは二度目だ。留学を終えた私がもう一度読み、考えたことは一度目のときとは大きく異なっていた。
 主人公デオは大統領派による虐殺で母と祖父を失ってしまう。兄と共に故郷ジンバブエを離れ南アフリカを目指すが、その道中向けられるのは外国人である彼らへの軽蔑や憎悪の眼差しばかりであった。
 外国人嫌悪のことをゼノフォビアという。私は実際にそれについて考えさせられる経験をした。私は去年の夏から一年間スウェーデンへと留学した。スウェーデンは難民や移民の受け入れに積極的で、私が住んでいた町でもムスリムの人たちをよく見かけていた。その中で、二年前に難民としてシリアからやってきた男の子と友達になった。彼は気さくで、スウェーデンの暮らしにまだ慣れていない私の良き理解者となってくれた。彼と出会うまでは、私はテレビのニュースなどで難民と聞くと、暴力的で受け入れ国の文化を乱しているというようなネガティブなイメージを持っていた。そういったイメージは彼のおかげでがらりと変わったが、同時に私は自分自身を恥ずかしく思った。私自身も日本からやってきた外国人だというのにもかかわらず、彼らをよそ者だと認識し、理由の無い嫌悪感を持っていた事に気づいたからである。自分とは違うからなんとなく嫌だ、そんな勝手で無知な決めつけがゼノフォビアへの入口なのだろう。
 スウェーデン滞在中、実際にゼノフォビアが原因で移民の子どもたちが殺される事件が起きた。隣町ということもあり、この事件はとてもショックな出来事だった。もしかしたら殺されていたのは私の友達だったかもしれないし、私自身であった可能性もある。外国人だから、そんな理不尽な理由で奪われてしまう命が世界中にあるのだ。本の中で、デオの兄も外国人排斥の暴動に巻き込まれ殺された。家に火をつけられ、見つかれば銃で撃たれる。ここで描かれている暴動はフィクションではなく、二〇〇八年に南アフリカで実際に起きたものがモデルになっているという。
 難民の場合、故郷は戦争で破壊され、戻ることは困難である。私は一度シリア人の友達に、故郷が恋しくならないかという質問をしたことがある。彼は、
 「シリアには戦争がある。僕はそれから逃げてきたんだから、もう戻りたくないよ。」
 と言った。それを聞いて私は悲しくなった。帰ることができる、帰りたいと思える故郷があることがどれだけ恵まれているか実感した。彼らは一生を過ごす覚悟で新しい土地に足を踏み入れるのだ。
 だが難民としての生活は決して楽なものではない。難民キャンプで国連の職員がデオに尋ねる。「朝起きたとき、あなたはまず自分はデオだと思う? それとも難民だと思う?」それにデオはこう答える。「難民だよ。難民と呼ばれるのは嫌だけど、ほかの者にはなりようがないんだ。」初めて読んだときは気にも留めなかった言葉だが、今の私には鋭く突き刺さった。実際に難民として生活する人たちと関わり、これらは彼らの多くが抱えている問題だと気づいた。個人としてではなく、まとめてよそ者として扱われる。時には嫌悪感を向けられることもある。その間中、彼らは難民でしかいられない。それがデオの言う「ほかの者にはなりようがない。」ということなのだろう。
 違う民族同士が共に生きていくのはそんなに難しいことなのだろうか。日本でも未だ在日朝鮮人へのヘイトスピーチや差別が続いている。沖縄でも米軍アメリカ人を嫌う県民は多い。それらには文化、歴史、社会、様々な背景があり、彼らが起こす暴力事件への怒りなども含め、複雑に絡み合っている。だが根本的な原因は相互の不理解なのではないだろうか。お互いのことを知らなさすぎるために嫌悪感や恐怖心を持ち、拒否反応を示してしまう。
 デオは兄の死後、ストリートサッカーチームのスカウトを受ける。集められたメンバーには南アフリカ出身の選手と難民としてやってきた外国人選手がおり、彼らは対立していた。だが、お互いの辛い経験を知り、理解し合った彼らは本物の仲間になる。彼らがそうなることができたのは、お互いを一人の人間として尊重することができたからだと私は思う。事実、私もシリア人の友達ができたことで、「難民」というくくりで彼らを見なくなった。彼らは私たちと何も変わらない。同じような悩みを抱え、同じように冗談を言い合い、同じように生活している一人の人間なのだ。当たり前のことかもしれないが、彼らを大きなくくりで見るのではなく、一人の人間として見る。この変化こそがゼノフォビアを無くし、様々な人種が共生するための糸口になると私は信じている。



体験書籍 
『路上のストライカー』マイケル・ウィリアムズ・作 
さくまゆみこ・訳 


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