第36回全国高校生読書体験記コンクール
【全国高等学校長協会賞】
 

 「二番目の悪者」が笑うこの世界
広島県立大門高等学校 3年  國岡 志帆 

 「これが全て作り話だと言い切れるだろうか──」この言葉から物語は始まる。この本の中には、登場人物こそ全員動物ではあるものの、私達の日常生活に隠された闇がそっくりそのまま描き出された世界が広がっている。「作り話なんかじゃない!」読み終えてすぐ、私はそう確信した。同時に「私は『二番目の悪者』になってしまってはいないか──。」心の中で自分に何度も何度も繰り返し問い掛けずにはいられなかった。私も金のライオンの欲を満たす為の道具として、銀のライオンの悪い噂を広めてしまった多勢と同じ位置に立ってしまってはいないか、と。しかし、真実は分からない。なぜなら「考えない、行動しない、という罪」は私達が無意識の内に犯すことが可能な罪だからである。だから噂話は回る、回る。今、この瞬間も彼らは軽い足取りで私達の間を駆け巡り、その裏に隠し持った強大な力で私達を取り囲むこの世界を一変させようとしているのだ。
 私は、中学校、高校生活を送る中で二度、嫌がらせを受けるという経験をした。中学生の時は、授業中に発言すれば先生に対して良い子ぶっていると悪口を言われ、昼食時間もうすら笑いを浮かべた顔でこちらを見つめてヒソヒソとささやかれた。掃除時間になると、無視はまだ良い方で、面と向かって笑いながらひどい言葉を浴びせ掛けられたりもした。高校生になっても、同じ様な経験を一度だけした。経験をもってすれば分かる。本当に悪いのは嫌がらせを始めたある一人。だが、本当に怖い存在なのは、直接、真実を確かめようともせず、ある一人に便乗して私を取り巻く多勢。つまり「二番目の悪者」なのだ。人間という生き物は、周囲の人間と生活面は勿論、精神面においても支え合いながら生きている。これは裏を返せば「一人では不可能なことも多勢なら成し得る」ということだ。残酷なことに、人の心を傷つけるという行為でさえも多勢が集まれば、そこには「責任のたらい回し」が生まれ、仲間に囲まれた安心感は心を麻痺させる。そして、自分の行為にかかる責任の重さを軽んじるといった傾向が生まれるのだ。こうして、真の悪人の思わく通りに、自分の意志を持たない「二番目の悪者」が生まれる。
 「二番目の悪者」のうちのある一人の口から謝罪の言葉と共にある言葉がこぼれ出たことは今でも鮮明に思い出される。
 「一緒に嫌がらせしないと自分を標的にすると言われたから──。」
 つまり、彼女に悪気など無かったのだ。しかし、彼女の言動は一人また一人へと伝染していき、多勢を無自覚のうちに「二番目の悪者」へと陥れたのだ。金のライオンから言われたままに、銀のライオンの悪い噂を吹聴してしまった彼らの声が確かな音を付け、私の耳に情けなく響いた。同じく彼らに悪気は無かったのだ。
 銀のライオンとあの日の私は、確かに同じ場所に立っていた。根も葉も無い噂の広がりにただ苦笑いしただけで何も言わなかった銀のライオンの心情が私には痛い程、理解できる。「誤解はいつか必ずとける」そう信じていたのだ。当時、気付かなかっただけで、物語と同じ様に、空に浮かぶ真っ白い雲は呟いていたのかもしれない。「嘘は、向こうから巧妙にやってくるが、真実は、自らさがし求めなければ見つけられない」友達から聞いた「〜らしいよ。」の言葉を私は果たして日々どう受け取めているか──。インターネットなどで見たニュースを鵜呑みにしてしまっていないだろうか──。認めたくはないが、もしかすると自分も「二番目の悪者」かもしれない。加えて、この罪は私だけではなく、想像以上に多くの人が犯しているはずだと思う。なぜなら、毎日大量の噂が「らしいよ。」を文尾に付け、出回っているからである。それらが、マスメディアの誤報道に繋がる程、この世界に甚大な影響を与えていることを忘れてはならない。日々の自分の行動を振り返ってみると、時間に押し流されて自分の犯した罪の存在と本質について考えていなかったと気付かされた。ネット社会が広がる近年、この事はより大切にするべき教えであると思った。
 「二番目の悪者」──。彼らの犯す罪は何より容易に、気軽に犯すことが可能であり、その存在と罪の意識は真の悪者の影に隠れ、摑みにくい。だからこそ、自らが気付き、改めようとする機会も摑みにくいのだ。「嘘は、向こうから巧妙にやってくる」恐怖を知っている者であるからこそ、私は自分の行為に今まで以上に意識を向ける決意をした。「考えない、行動しない、という罪」を無意識という私の心の空白のすき間に決して入り込ませぬように。私は必ず「二番目の悪者」から抜け出す。実行に移すことで学び得たことを活かしたい。
 この世界の「二番目の悪者」に告ぐ。私が今、確実な一歩を踏み出したことを──。



体験書籍 
『二番目の悪者』林 木林・作 
庄野ナホコ・絵 


BACK
 
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.