第36回全国高校生読書体験記コンクール
【一ツ橋文芸教育振興会賞】
 

 言葉を超える「お話」
兵庫県立香寺高等学校 1年  西岡 美空 

 妹を抱きしめ、きよしこのように私も伝える。「それが、君のほんとうに伝えたいことだったら……伝わるよ、きっと」と。それが、私の「お話」の第一歩だ。
 私は今年の夏、きよしという一人の少年と出会った。少年は吃音のため、うまく自分の思いを伝えられない。だが、色々な人との出会いを経て、自分の言葉で気持ちを表現していくことを決意する。悩みながらも、ゆっくりと成長していく少年の歩みを私は辿った。そして、少年との出会いは、私に変化を起こすきっかけとなった。
 私の妹は発達障害の影響で自分の思いをうまく話せない。原因は違うが少年と同じだ。少年は吃音に悩み、伝えられない思いと戦い続けた。その歩みを辿って私はただただ後悔した。思いを言葉にできないつらさは、少年に教えられるまで考えてもみなかったからだ。妹は少し自分勝手で粗暴なところがある。だが、それは自分をうまく表現できず、悩み、自暴自棄になっている部分があるからかもしれない。もっと妹のことを理解したい。思いを、もっと受け取りたい。そう強く思うのは妹からもらった数十枚の手紙を、私は無駄にしてしまったと思うようになったからだ。
 私が中学生の頃から、妹は時々手紙をくれた。内容は二人でどこかに行きたいとか、ゆっくり話したいといった、私が他愛ないと思ったものだ。だが、裏には自分をわかって欲しいという切実な思いがあったのではないか。少年が「きよしこ」という思ったことを何でも話せる友達を欲しがったように、妹もまた私に自分を受け止めて欲しかったのではないか。少年のように、妹は悩み、苦しんでいるのではないか。それなら、今すぐ妹を抱きしめよう。妹の「きよしこ」に私がなる。
 だが、本当にそれでいいのだろうか。重松清はこの「お話」を少年と同じく吃音で悩む一人の少年に向けて書いたとしている。私はこの本の主題を「『ほんとうに伝えたいこと』なら伝えられること」だととらえている。だが、そうしたメッセージなら「お話」にせずとも手紙でもいいはずだ。なぜ、「お話」という形式をとったのだろう。そう考えると、直接妹に思いを伝えればそれでいいとは思えなくなってくる。
 メールより、手紙より、電話より、直接会って話をすることが一番思いを伝えられる。それは確かに実感できる。では、何のために私たちは言葉を磨いてきたのだろうか。直接会って話をするという手段は、本当に思いを伝える最良の方法なのだろうか。
 私はもう一度考える。なぜ、妹は手紙という形式をとったのだろうか。そのヒントを探り、私はもう一度妹からもらった手紙を全て読み返した。そして、気づいた。私はこの手紙の内容を直接言われても、冗談だと思って流すかもしれない。本当の思いだと思わないかもしれない。妹が思いを伝えるには、手紙でなければならなかったのだ。
 言葉によってすれ違いながらも、言葉以外で思いを伝えることはできない。だから、私たちは言葉を磨いていく。磨きに磨いた幾千言を精緻に組み立て、自分の思いを表現する。魂を削るような、自分の全てを打ち込んで築いた「お話」によって、言葉を超え、思いを伝えていくのだ。それが「表現」というものであり、磨き抜かれた「表現」は時代や国を超えて思いを伝えられる。だから、私たちは『源氏物語』で光源氏の苦悩に思いをはせることができ、『星の王子さま』から言葉を超えた感動を受け取ることができる。「それがほんとうに伝えたいことだったら」伝わっていくからこそ、言葉で「表現」しようとしていくのだ。それが優れた表現であれば、その媒体は問わないのではないか。映画やドラマでも、マンガでも、LINEであっても、言葉を駆使して「表現」し、思いを伝えられる。そう考えると、本当にわくわくするような言語環境に私たちは包まれている。
 妹を抱きしめ、きよしこのように何でも話してもらう。それは、私が勝手に理想とした幻想だ。妹は、手紙という形で私に思いを伝えていた。そして、その思いは今受け取ることができた。私には、私にしかできない表現がある。その、自分にしかできない「表現」を探していくことが何よりも大切なのだ。私が出会った少年は、吃音を気にし、話すことをあきらめた時もあった。青年との境目となる頃には、自分の代わりに話してくれる恋人と出会い、吃音の悩みは大きく減った。だが、最後には自分の言葉を求めた。自分の言葉で自分を表現したいと願った。私も妹も少年のような強さはない。それでも、自分で「表現」することから逃げてはいけないように思う。どんな形でも、自分の思いは自分の「表現」で伝えていきたい。だから、私はきよしこにはならない。妹と二人で、私たちの「表現」を見つけていきたい。その第一歩を、私は踏み出した。



体験書籍 
『きよしこ』重松 清・著 


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